古代エジプトから現代まで|アロマテラピー検定で問われる精油の歴史と香りの文化的変遷
古代文明での香りの利用からルネ・モーリス・ガットフォセによる近代アロマテラピー確立まで、検定で頻出の歴史的事実と人物・出来事を時系列で整理して解説します。
アロマテラピーの歴史をひとことで言えば、古代エジプトで香りの高い樹脂や植物油が神事や遺体保存に使われた実用知が、時代を経て科学の言葉で語り直され、20世紀にルネ・モーリス・ガットフォセが「アロマテラピー」という名を与え、マーガレット・モーリーが心身両面をみるホリスティックな体系へ育てた、という一本の流れです。
アロマテラピー検定の「歴史」分野では、時代ごとの香りの使われ方と、その転換点をつくった人物の業績をセットで問う設問が多く出題される傾向があります。本記事では古代文明から日本への普及までを時系列で整理し、検定学習で押さえておきたい人物と出来事の結び付きを解説します。
古代エジプト・ギリシャ・ローマでは香りはどう使われていたのか
古代エジプト・ギリシャ・ローマにおける香りの利用とは、宗教儀礼・遺体保存・医療・化粧という複数の目的にまたがる、生活に密着した実用技術であったということです。単なる嗜好品ではなく、香りは神への捧げものであり、病を癒す手段であり、身体を清潔に保つ手立てでもありました。
古代エジプトでは乳香(フランキンセンス)や没薬(ミルラ)といった樹脂が神殿での香として焚かれ、ミイラづくりの防腐処理にも用いられたことが知られています。香油を全身に塗る習慣も広く行われ、王侯貴族の権威や美の象徴としても機能していました。
古代ギリシャでは、後に「植物学の父」と呼ばれるテオフラストスが香りに関する著作を残し、香料植物を分類・考察したことが知られています。医学の祖とされるヒポクラテスも、芳香浴やマッサージを健康法として位置づけていたとされ、香りと医療を結び付ける発想の土台がこの時代に築かれました。
古代ローマでは公衆浴場(テルマエ)の文化とともに香油を用いた入浴・マッサージが日常に浸透し、香りは公衆衛生や社交の一部にもなっていきました。医師ディオスコリデスが薬用植物をまとめた著作は、後の時代の薬草学・植物療法に長く影響を与えた文献として位置づけられています。