日本の色彩文化を学ぶ|伝統色・襲の色目・冠位十二階と和の配色感覚
色彩検定3級の『色彩文化(日本)』を、歴史と生活の視点から解説。冠位十二階の色による身分表現、平安の襲の色目、藍・紅・紫などの植物染め、歌舞伎や暖簾に見る和の配色まで、伝統色名と文化背景を結び付けて理解できます。
日本の色には、ただ「きれい」という以上の意味が込められてきました。色が身分を示し、季節を表し、植物染めの技術と分かちがたく結びついてきた歴史があります。色彩検定3級の『色彩と生活』では、この日本独自の色彩文化が出題範囲に含まれ、伝統色名そのものだけでなく、その背景にある冠位十二階・襲(かさね)の色目・禁色といった文化的文脈の理解が問われます。
本記事では、PCCSやマンセルといった近代的な表色系とは別の流れにある「和の色」を、歴史と暮らしの視点から整理します。茜・浅葱・萌黄・山吹といった和色名がなぜそう名づけられたのか、藍や紅花がどの色を生んだのか、そしてなぜ日本人が低彩度の中間色を好む傾向を持つのかまでを、具体例で結び付けて解説していきます。
色が身分を表した歴史|冠位十二階の紫と禁色
色が社会的な地位を表した最も古い例が、603年(推古11年)に定められた冠位十二階です。これは官人の位を冠の色で示した制度で、徳・仁・礼・信・義・智という六つの徳目をそれぞれ大小に分けて十二の位とし、位ごとに異なる色の冠を授けました。位の高低が一目でわかる点で、色が情報伝達の道具として機能した日本最初期の事例といえます。
ここで最高位に置かれたのが紫でした。紫は紫草(むらさき)の根である紫根(しこん)から染める色で、染料が貴重で手間がかかったため、古来より高貴な色として扱われてきました。冠位十二階の色の序列は一般に、上位から紫・青・赤・黄・白・黒の順で語られます。最も淡く手に入りやすい白や黒が下位に、染めにくく希少な紫が上位に置かれた点に、染色技術の難易度と身分序列が連動していた様子がうかがえます。
この『色で位を示す』発想は、特定の色の使用を制限する禁色(きんじき)へと展開しました。禁色とは、天皇や限られた高位の者だけに許され、一般の使用が禁じられた色を指します。代表例が、天皇の最も格式高い装束に用いられた黄櫨染(こうろぜん)や、皇太子の黄丹(おうに)です。深い紫や濃い紅のように大量の染料と手間を要する色も位階で制限され、同じ系統でも淡く染めた色は『許し色(ゆるしいろ)』として位の低い者にも認められました。濃く染めるほど価値が高いという染色のコストが、そのまま色の格を決めていたのです。